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日本カリキュラム学会・日本教育方法学会有志

学校教育における教育勅語の取り扱いに関する提言

<提言公表の経緯>

 第193回国会で、2017年以降、政府が学校教育における教育勅語の取り扱いに関する質問趣意書や国会質疑に対して示した答弁書や答弁には、カリキュラム・教育方法研究者として看過できない問題が含まれている。こう考えた日本カリキュラム学会理事の一部は、他分野の研究者とともに、同年4月21日、申入書を持参して、文部科学省初等中等教育局教育課程課の担当者に面会し、この問題に対する文部科学省の立場や考え方の詳細を確認した。だが、担当者は、政府がその答弁で反復している立場、すなわち、第1に、教育勅語を教育の唯一の根本とするような指導は禁じられているが、日本国憲法や教育基本法等に反しない限り、学校教育において教育勅語を使用することに問題ない、第2に、不適切な使用があった場合は、設置者や各都道府県教育委員会が対応する問題であり、文部科学省はその使用の是非をあらかじめ判断する立場にはない、という論点を繰り返すことに終始した。他方で、同じく文部科学省担当者は、戦前の皇国教育を彷彿とさせるような教育勅語の扱い方がなされるとすれば問題があるとの見解を示した。

 たしかに、学校教育において教育勅語を教材として使用すること自体は、一定の文脈において(典型的には、高校の歴史教科書における史的資料として扱う場合)、全く問題はなく、憲法や教育基本法に反しないかたちでそれを取り扱うことは当然可能であるが、現に森友学園の塚本幼稚園のような教育を行っている教育機関が存在すること、さらに、現政府は、その答弁において、一旦は、朝礼における唱和も問題ないと受け取れる趣旨の発言を行っていること(4月7日衆議院第5回内閣委員会での泉健太議員の質疑に対する義家文科副大臣の答弁)等に鑑みると、このままでは、学校現場での混乱やなし崩し的利用が生じる危険性がある。

 この問題に関しては、2017年4月27日に教育研究者有志が「教育現場における教育勅語の使用に関する声明」を公表し、また、教育史学会も理事会名で2017年5月8日に「「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)の教材使用に関する声明」を公表するなどの意見表明がなされてきたが、私たちは、学校現場により近い立場の研究者や実践者の会員を多く擁する日本カリキュラム学会および日本教育方法学会でも、固有の声明文を公表するべきだと考え、提言(案)を作成した。日本カリキュラム学会については、理事会および学会事務局に提言(案)を送付し、それを受けて事務局により理事の賛否が集約され、また、日本教育方法学会については、提言(案)の作成に関わった理事の呼びかけにより理事の賛同者を集めることとした。

 このような経過を経て、最終的にカリキュラム学会理事有志と教育方法学会有志で、本提言を公表するに至った。

 私たちは、カリキュラム・教育方法研究者有志として、学校教育における「教育に関する勅語」(以下、教育勅語と略記)の取り扱いについて、次のように提言する。

 

 各学校は、教育勅語の一部または全体を教材として用いる場合には、日本国憲法を成す最も根本的な理念としての主権在民、基本的人権の尊重、平和主義を一貫して重視し、日本国憲法の根本理念に反するとして学校教育において教育勅語を排除・失効すべきとした昭和23年6月19日の国会決議を最大限重んじた用い方をすべきであり、政府もこうした指針を明示すべきである。

 

 この点で、第193回国会における教育勅語関連の政府答弁書および国会答弁(注1)は、その内容や表現に明らかな不十分さを残している。学校現場での混乱を避け、また、学校教育が果たすべき公的役割について改めて銘記するために、政府答弁の不十分さを指摘しておきたい。

 上記政府答弁の不十分さは、主として以下の2点に表れている。

 第1に、昭和23年6月19日衆議院本会議の「教育勅語等排除に関する決議」、および同日参議院本会議「教育勅語等の失効確認に関する決議」により、学校教育において教育勅語が排除され失効したことについて、政府は、上記国会における答弁書や国会答弁において、「決議されたことを承知している」などの表現を用い、決議という事実の存在を認めるという水準の叙述にとどめており、その決議を重く受け止め、その決議内容を尊重することを明白に伝える表現を採用していないという点で十分とは言えない。「承知している」という表現は、必ずしも、その決議を尊重していることを含意せず、教育勅語についてその「法制上の効力が喪失したと考えている」という表現は、その効力が喪失したという事実を肯定的に評価していることを必ずしも含意しないからである。

 第2に、政府は、学校教育において教育勅語を教材として使用することについて、「我が国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切であると考えているが、憲法や教育基本法(平成十八年法律第百二十号)等に反しないような形で教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではないと考えている」と答弁しているが、この答弁は、学校教育における教育勅語の使用が不適切となる場合の条件として「我が国の教育の唯一の根本とするような指導」という極限的な基準を示すのみで、唯一の根本でない場合には「教育勅語」の教育を容認する表現となっているという点で十分とは言えない。つまり、不適切性の判断基準には「教育の唯一の根本とする」場合というきわめて限定された条件を示し、他方、容認の判断基準には「憲法や教育基本法に反しない」限りよいとするきわめて広く漠然とした条件を示しているため、その行為を不適切と判断することが困難なグレー・ゾーンが広く存在する表現となっている。上記政府答弁のこうした性質は、昭和23年の衆参両院による上記国会決議を重視する明示的表現を用いようとしない上述の政府答弁にも通底している。

 このような政府答弁の不十分さは、次のように是正されるべきである。

 第1に、昭和23年の上記国会決議は、教育勅語が日本国憲法の根本理念とは相容れないからこそ採択されたと考えられる以上、政府は、学校教育において教育勅語が用いられる場合には、日本国憲法の根本理念や同国会決議の趣旨に反しないよう慎重を期する必要があることをより明確に示すべきである。

 第2に、政府は、自らの答弁において「我が国の教育の唯一の根本とするような指導は不適切である」という文言ではなく、「教育に関する勅語を、全体として道徳的に肯定的な価値を有するものとするような指導を行うことは不適切である」といった表現を用いるべきである。

 教育勅語について部分的に肯定的に受け止めるべき道徳的価値が含まれているとの議論が存在することは承知しているが、高度化・複雑化する現代社会にあって、教育勅語はもはや歴史的資料以上の価値を有するものと考えるべきではない。しかも、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」(大意:万が一危急の事態が生じたならば、勇気を持ってお国のために尽くし、永遠に続く皇国を助け守りなさい)という理念が、平和を損なう全体主義的国家体制を支える社会的機能を果たした歴史に鑑みれば、ここに学校教育上肯定的な道徳的価値を読み取ろうとすることには最大限慎重でなければならない。戦後の教育基本法で、教育の目的が「人格の完成」をめざすことにあるとされたのは、日本国憲法の主権在民、基本的人権の尊重という原則に基づき、国民一人ひとりが、権力の客体=臣民ではなくその主体として、道具ではなく人格として、つまり独立した人格を備えた政治的主体として尊重されるべきであるという理念に基づくものであると言ってよい。

 以上を踏まえるならば、各学校は、教育勅語を教材として用いる場合には、あくまで歴史的資料として扱うに止め、子どもたちが従うべき道徳的価値を備えたものとして扱うべきではない。ましてや、教育勅語を、朝礼等の儀礼的行事において、子どもたちが集団で唱和するというような戦前の皇国教育を彷彿とさせるような行為に及ぶことは決してあってはならない。

日本カリキュラム学会理事有志

浅沼 茂 (立正大学)
安藤輝次 (関西大学)
大野栄三 (北海道大学)

倉本哲男 (愛知教育大学)
小泉祥一 (白鴎大学)
子安 潤 (中部大学)
近藤孝弘 (早稲田大学)
佐藤 学 (学習院大学)
澤田 稔 (上智大学)
田中耕治 (佛教大学)
長尾彰夫 (プール学院大学)
中野和光 (美作大学)
西岡加名恵(京都大学)
橋本美保 (東京学芸大学)
冨士原紀絵(お茶の水女子大学)
松下佳代 (京都大学)
的場正美 (東海学園大学)

日本教育方法学会会員有志
阿部 昇 (秋田大学)
石井英真 (京都大学)
市川 博 (横浜国立大学名誉教授)
梅原利夫 (和光大学)
大野栄三 (北海道大学)
折出健二 (人間環境大学)
鹿毛雅治 (慶應義塾大学)
子安 潤 (中部大学)
佐藤 学 (学習院大学)

澤田 稔 (上智大学)
白石陽一 (熊本大学)
田代高章 (岩手大学)
田上 哲 (九州大学)
豊田ひさき(朝日大学)
中野和光 (美作大学)
久田敏彦 (大阪青山大学)
姫野完治 (北海道教育大学)
藤江康彦 (東京大学)
松下佳代 (京都大学)
的場正美 (東海学園大学)
三村和則 (沖縄国際大学)

三橋謙一郎(徳島文理大学)

山﨑準二 (学習院大学)
湯浅恭正 (中部大学)

(注1)以下の政府答弁書および国会答弁を参照。

・内閣衆質193第93号 衆議院議員逢坂誠二君提出教育基本法の理念と教育勅語の整合性に関する質問に対する答弁書 平成29年3月7日;内閣衆質193第118号 衆議院議員逢坂誠二君提出稲田大臣の「教育勅語の精神は取り戻すべき」発言に関する質問に対する答弁書 平成29年3月17日;内閣衆質193第144号 衆議院議員初鹿明博君提出教育勅語の根本理念に関する質問に対する答弁書 平成29年3月31日;内閣衆質193第206号 衆議院議員宮崎岳志君提出「教育ニ関スル勅語」の教育現場における使用に関する質問に対する答弁書 平成29年4月14日;内閣衆質193第219号 衆議院議員長妻昭君提出教育勅語を道徳科の授業で扱うことに関する質問に対する答弁書 平成29年4月18日

・平成29年4月7日第193国会衆議院内閣委員会における泉健太議員の質疑に対する政府答弁;同4月12日衆議院地方創生特別委員会における宮崎岳志議員の質疑に対する政府答弁

2017年5月25日

​カリキュラム学会または教育方法学会会員で、この提言にご賛同いただける方は、下記賛同フォームにご入力頂き、送信ボタンをクリックしてください。なお、今後公表予定の賛同者名簿へのお名前・ご所属記載の可否についても、本文でお知らせください。

本提言公開後の賛同者

—お名前・ご所属公表可と明記された方のみ

安彦忠彦(名古屋大学名誉教授)

上杉嘉見(東京学芸大学)

上地完治(琉球大学)

金井香里(武蔵大学)

神永典郎(白百合女子大学)

菅道子(和歌山大学)

久保田貢(愛知県立大学)

後藤篤(一橋大学大学院)

笹野恵理子(立命館大学)

佐藤高樹(帝京大学)

杉浦英樹(上越教育大学)

卜田真一郎(常磐会短期大学)

高橋英児(山梨大学)

竹内久顕(東京女子大学)

谷智子(高知学園短期大学)

徳永俊太(京都教育大学)

中妻雅彦(弘前大学)

原田信之(名古屋市立大学)

藤本和久(慶應義塾大学)

細尾萌子(立命館大学)

山本敏郎(日本福祉大学)

緩利真奈美(東京農業大学)

渡辺靖敏(日本福祉大学)

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